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藤繭ゑ(ふじまゆゑ)

【活字情報】
〜心の奥の大切な箱 開けた〜
つむじ風に乗って雪が屋根を駆け下りてくる。
国家試験に合格し、正看護婦の資格を取ってから2度目の冬を迎えた。
でも、ナースキャップはまだかぶっていない。
心の奥にしまい忘れた箱が開き始めたのは、
札幌の専門学校に通っていた2年前の11月、20歳のときだ。
同じ寮にいた親友が「すごく面白かったよ」と興奮気味に寮に帰ってきた。
彼氏とデートでススキノの「札幌道頓堀劇場」に行ったという。
興味を引かれ、その後、1人でのぞいてみた。
舞台には同じような年ごろの女性の姿があった。
スポットライトに照らされ、はつらつと輝いている。
ストリップにありがちな暗さはなく、明るいテンポあるリズムに若さがはじけていた。
「私でも踊れますか」。ショーが終わった後、恐る恐る事務所をノックした。
支配人が「とりあえず週末に来て下さい」と言ってくれた。
再び事務所を訪ねたら、「大丈夫、大丈夫」と口説かれ、欠員になった踊り子の代役を任された。
冷や汗が流れた。華やかな衣装をまとい、無我夢中で踊った。
身を覆っていたものを脱いでいくうち、
自分を縛っていたものが解き放たれていくような感覚に包まれた。
多感で寡黙な少女時代、北海道の小さな炭坑町で女子校に通い、
演劇部に所属した同じ年ごろの高校生にありがちな「抵抗のシグナル」も送らず、
優等生を演じ続けた。
卒業後は両親の期待もあり、看護専門学校へ。
勉強は面白かったが、看護婦にはなりたくなかった。
自分の人生を束縛されるようで嫌だった。
昼間は専門学校、夜は舞台の二足わらじの生活が始まった。両親には内緒だ。
劇場の社長が「生まれ変わったような気にならなきゃ」と赤ちゃんの姓名占いの辞典を見て、
芸名をつけてくれた。
両親の期待をどこか裏切っているような後ろめたい気持ちもあった。
「卒業だけは絶対にしよう」と誓い、舞台がはねた後も楽屋に教科書を持ち込んで勉強した。
先輩の踊り子が夜食を差し入れしてくれた。
卒業式は先輩が振りそでの着付けを手伝ってくれた。
劇場で何人の人影を見送っただろう。
裸の自分の演技を見て
「おれ泣いちゃった」と自分のおじいちゃんのような男性が握手してくれた。
「私たちのストリップは清潔さと新鮮なお色気が売り物。夢を売るのが仕事なんです」
今は札幌、東京の二重生活。
1ヶ月の半分は若者の街、渋谷の道頓堀劇場の舞台に立つ。
近くの3LDKのマンションに同僚の踊り子7人と共同生活を送っている。
「観客を圧倒させる表現力とその存在感はもはや女王の座を手にしたも同然」。
業界紙ははそう評価した。
先輩がミュージカル風の長編をプロデュースし、その主役にも抜てきされた。
札幌でバスガイドをしている19歳の妹もこの秋、舞台を見に来てくれた。
心の奥の大切な箱を開けたのだから、納得いくまで踊り続けたい。
「お前が決めたこと」と両親も理解してくれるに違いない。藤繭ゑ、22歳。名刺はない
「踊り子に余分な肩書は不要」。支配人からそう言われている。  =敬称略
(文:小泉信一)
[朝日新聞「踊り子たちの伝言」] 2000.11.20
[情報提供:吟遊詩人](2002.01.10)

昭和54年4月3日生まれ。北海道出身。身長160、B95・W64・H89センチ。
平成11年12月1日「札幌道頓堀劇場」よりデビュー。「札幌道頓堀劇場」専属。
[週刊実話 2000.10.12]双葉社より

今年の5月まで現役ストリッパーとして活躍し、
ストリップの歴史の一時代を築いてきた清水ひとみ。
その清水が引退後に手掛けたのは後継者づくり。
北海道・札幌にオープンした「札幌道頓堀劇場」の社長に納まり、
現役時代に与えられた称号!!〜オナニークイーンの二代目づくりに励んでいるが、
専門学校生から業界に飛び込んだ藤 繭ゑ(ふじ まゆえ=21歳)はいま、
彼女のもとで“魅せるオナニー”を猛勉強中なのだ。
時代が変わった!?
繭ゑクンがストリップ界に飛び込んだ動機がこれ・・・
「だって面白そうだったんだもん」
そもそものキッカケは女友達がストリップの舞台を見たこと。
「専門学校に通っていたときなんだけど、そのコが道頓堀劇場で初めてステージを見て、
   私にこう言ったの“ストリップって面白いよ。アンタにもできそうだね”って。
 それで興味を持って、実際に足を運んでみたらホントに面白そうで・・」
業界に入った動機はいたって単純でも、いまプロとしての自覚に目覚めつつある彼女。
劇場関係者に言わせると「2代目オナニークイーンとしての存在をアピールし始めている」のだ。
「社長(清水ひとみ)にはいろいろ細かく教えてもらっている。
“そんなに強くこすっちゃダメ”とか“表情が悪い”とか。
自分でもどうやったらキレイに見えるか、
どうやったら気持ちが入るか一生懸命考えながら艶じているつもり。
気持ちが入って自分で夢中になれなければ、見ているお客さんには感じてもらえないしね」
ご本人は謙遜するものの、
ボリュームたっぷりの93センチEカップ乳を
もみしだきながら次第に激しくなる指遣いと恍惚の表情は圧巻と評判。
なにしろ彼女がオナニーを艶じだすと、その迫力に場内はシーンと静まり返るほどなのだ。
ちなみに同劇場は清水ひとみが演出する芝居仕立てのショーがウリだが、
10月10日までは彼女の独り芝居で艶じるショーも。
「賽の河原」をモチーフにしたもので、丈の短い男のコに扮して登場。
「そこから少女に。そして大人の女に変身していくの。
 大人になった女が自分の体の成熟に驚きながら欲情を抑えきれずにオナニー・・・
 といったシーンが見所かな」
そういってPRする彼女に、将来の夢を聞くと
「舞台ではヒーローもののコスプレをやってみたいの。プライベートではパン屋さん。
 それもススキノの真ん中でね。お酒も好きだけど甘いモノも好き・・・っていう人のためにね」
【藤繭ゑMEMO】
昭和54年4月3日、札幌生まれの21歳。
身長160センチ、B93・W63・H88。
初エッチは17歳のとき。性感帯は「全身くまなく」
趣味はバイク。カワサキの250CCで飛ばすのが大好きだが、
「でもいまは危ないからって事務所から禁止されているの」
[2000年10月5日付け(4日発売)の大阪スポーツ]より
[情報提供:ウエットティッシュ](2000.10.11)

前代未聞、ストリップ業界初“正社員”ストリッパー。
初代オナニー女王の清水ひとみから“教え”を伝授。
新・オナニー女王の座に。その存在感は、女を感じさせる演技力で際立つ。
芯の強さと創造性に富む。21歳。札幌道頓堀劇場社員。
[さっぽろナイスポ2000年6月9日号、彼女の連載コラム「魅せて見られて」]より
[情報提供:JFカサイ](2000.06.08)

1979年(昭54)4月3日、札幌生まれ。1m60、52kg。
上から93、63、88の爆乳ボディ。趣味は絵を描いたり、
人形をつくったり、物をつくるのが好き。
今まで生きてきた自分の経験すべてが財産。
[2000年5月21日付スポニチ(北海道地方面)]より
[情報提供:JFカサイ](2000.06.08)

【コメント&生情報】
札幌道頓堀劇場の専属です。
1999年12月にデビューしたばかりの新人ですが、
道頓堀劇場社長の清水ひとみさんの指導の下、メキメキ成長しています。
ベッドでは清水ひとみを彷彿とさせる激しいオナニーショーを見せてくれます。
現在は着物や浴衣の似合う顔だちを活かして、
昔話やフォークをテーマにした出し物で頑張っています。目下の一番の有望株です。
[JFカサイ](2000.02.22)


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