「過激演技でファンを魅了! フリーダ松木の美貌と均整のとれた肉体美」
昭和24年、日劇小劇場でのエキサイトショーで
マキ悦子やヒロセ元美らとともにデビューした
フリーダ松木は均整のとれた美貌でたちまち大ブレーク。
ところが彼女は摘発例が多くファンを残念がらせることが多かった。
詩人のサトウ・ハチローが、新聞のコラムで、
ストリッパーのネイミングについて毒舌を浴びせたことがある。
「(前略)フリーダ松木、ドリース南、ミミー丸山、南トミー、ジャニー西村……
もういいかげんにしてくれといいたくなる。終戦後やたらふえたのが、
仮名で上や下にまぎらわしい名をつけた踊り子だ。(中略)
ところがフリーダ嬢やヘレン嬢は埼玉県入間郡だったり、栃木県烏山在だったり、
甲州は猿山のそのまた山奥だったりするんだから、やりきれない。
おくまさん、お虎さん、お鹿さんだったのが、マーガレットになったり
エリナに化けたりしちまうんだから寒気がする(後略)」
とても詩人とは思えない、地方蔑視、カタカナ崇拝である。
この新聞コラムを読んだフリーダ松木は、
「私らは、先生みたいに名字も名前もみんなカタカナにしているわけではない。
苗字は日本名にしているし、おくまさんだとかお虎さんをバカにした言い方だけど、
先生こそ熊みたいな人でしょ」
とやり返したという。
サトウ・ハチローは、むさくるしい髭などを生やしてその外貌は熊みたいな人物であった。
フリーダ松木のデビューは、昭和24年の10月である。
日劇小劇場でのエキサイトショーでのデビュー組で、同期にはマキ悦子やヒロセ元美らがいる。
このエキサイトショーは、平日ですら120パーセントの大入りの大人気企画だった。
フリーダ松木はデビューと同時に、大ブレークしたが、
それは均整のとれた肉体美に加えて、顔が美形だったからである。
ところが、翌年の昭和25年6月5日、
日劇小劇場で公演中の「女体ワンダフル」21景が、
警視庁保安課風紀係の急襲をうけて支配人をはじめ演出家、
踊り子らが検挙されるという事件が起きた。
このさいフリーダ松木は丸の内署に留置された。
刑法一七四条の公然猥褻罪容疑で書類送検されたのである。
台詞や動きが猥褻ということだが、このような検挙騒ぎは珍しいことではなく、
たいていは一晩留置場に泊められて、罰金と始末書程度ですんだ。
「またフリ松が検挙された」
と、ファンはこの検挙で残念がった。というのは、デビューの翌日にも、
浅草松竹演芸場のエロチカルショー「性愛すべからず読本」が
公然猥褻物陳列罪違反容疑に触れて男女11名が検挙、送検されたが、
このなかにフリーダ松木もいたのである。
どういうものか、“フリ松”ことフリーダ松木は、このほかにも検挙例はあるが、
風紀係の警官に好まれるタイプの美女だったのではないか、という噂すら立てられている。
(写真に付けられたコピーより)
舞台栄えのする華やかさでファンの目を一身に奪ったフリーダ松木の艶姿。
写真を見ても、彼女の自信満々なお色気が伝わってくる。
「耽美小説」2004年11月号 連載「ストリッパー名花列伝」より
[情報提供:喜六](2005.01.29)
昭和24年(1949年)
吾妻京子、ベティ丸山、ヒロセ元美、フリーダ松木、園はるみ等がデビュー。
[性風俗写真館2]「赤線・ストリップ時代編」広岡敬一
イースト・プレス 2003.10.20より(2004.01.19)