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フリーダ松木(ふりーだまつき)

【活字情報】
「表紙のストリッパー フリーダ松木のこと」
 (略)(誕生日…9月2日)
舊藝名を松木マスミと云っていた。その頃、昭和15年に淺草大勝館で初舞臺を踏んだ。
私はこの頃から彼女を知っているが、演劇も唄も踊りも何でもやりこなす濃艶な女性である。
それがいつの間にか淺草から姿を消して、この日劇小劇場に出演し始めた。
昭和24年10月公演の「女の凱旋門」にジャニー西村とローズタイムショウの一人として
ストリッパーの初舞臺を踏んだ。

 狂人のように音樂が好きだと言う彼女は、ストリッパーとしては一風の變わり種である。
生け花とか茶道が好きで、これが何よりの趣味だそうである。
 又、讀書の好きな彼女は、山本有三の「女の一生」とか、故林芙美子の「放浪記」の愛讀者で、
今でも絶筆となった林芙美子の「めし」を何度となくか讀んでいると……。

「彼氏ですって……さア御想像におまかせしますわ。
私の一番好きな日劇小劇場の舞臺に姿をお見せしてから、もう二年になりましたわ。
數多いストリップ劇場の中で一番暖かさを感じさせられるこの劇場は、
私が初舞臺した當時よりも、今のお客様は更に觀るのがうまくなったように思われます。
舞臺の私たちと觀客とは何時も一つになって、
見る人も見せる者も大きなプライドを保つ禮儀と堅實さと落着きを持って、
笑顔一杯に樂しいひと時を味って慾しいのです。
これがバアレスクのエチケットだと思いますわ。
日小も新しく改装されるそうですが、私たちも皆様と一緒になって
その日の早く來る事を樂しみにしています」
と彼女は樂屋で言っていた。

 この時も私は驚いた。彼女の美貌と溌溂とした話術がバアレスクの舞臺と變わりなく、
實に整練されたストリッパーである。
何時か必ず一流のストリッパーになるだらうと思っていたが、
眞に味があり色っぽく演っている。
大いに賞讃する。それは私ばかりではないと思ふ。(K)
日劇小劇場 1951年11月1日〜28日公演『女のフィナーレ』パンフレットより (適宜改行)
このパンフレットの出演者一覧には「日小エトアール」の一人として記載されています。
ちなみに、他のメンバーは池みどり、園はるみ、浪路笑、マヤ鮎川、ミッチー原の諸嬢。
[情報提供:喜六](2005.01.29)

「過激演技でファンを魅了! フリーダ松木の美貌と均整のとれた肉体美」
 昭和24年、日劇小劇場でのエキサイトショーで
 マキ悦子やヒロセ元美らとともにデビューした
 フリーダ松木は均整のとれた美貌でたちまち大ブレーク。
 ところが彼女は摘発例が多くファンを残念がらせることが多かった。

 詩人のサトウ・ハチローが、新聞のコラムで、
ストリッパーのネイミングについて毒舌を浴びせたことがある。
「(前略)フリーダ松木、ドリース南、ミミー丸山、南トミー、ジャニー西村……
もういいかげんにしてくれといいたくなる。終戦後やたらふえたのが、
仮名で上や下にまぎらわしい名をつけた踊り子だ。(中略)
ところがフリーダ嬢やヘレン嬢は埼玉県入間郡だったり、栃木県烏山在だったり、
甲州は猿山のそのまた山奥だったりするんだから、やりきれない。
おくまさん、お虎さん、お鹿さんだったのが、マーガレットになったり
エリナに化けたりしちまうんだから寒気がする(後略)」
 とても詩人とは思えない、地方蔑視、カタカナ崇拝である。

 この新聞コラムを読んだフリーダ松木は、
「私らは、先生みたいに名字も名前もみんなカタカナにしているわけではない。
苗字は日本名にしているし、おくまさんだとかお虎さんをバカにした言い方だけど、
先生こそ熊みたいな人でしょ」
 とやり返したという。
サトウ・ハチローは、むさくるしい髭などを生やしてその外貌は熊みたいな人物であった。

 フリーダ松木のデビューは、昭和24年の10月である。
日劇小劇場でのエキサイトショーでのデビュー組で、同期にはマキ悦子やヒロセ元美らがいる。
 このエキサイトショーは、平日ですら120パーセントの大入りの大人気企画だった。
 フリーダ松木はデビューと同時に、大ブレークしたが、
それは均整のとれた肉体美に加えて、顔が美形だったからである。

 ところが、翌年の昭和25年6月5日、
日劇小劇場で公演中の「女体ワンダフル」21景が、
警視庁保安課風紀係の急襲をうけて支配人をはじめ演出家、
踊り子らが検挙されるという事件が起きた。
 このさいフリーダ松木は丸の内署に留置された。
刑法一七四条の公然猥褻罪容疑で書類送検されたのである。
 台詞や動きが猥褻ということだが、このような検挙騒ぎは珍しいことではなく、
たいていは一晩留置場に泊められて、罰金と始末書程度ですんだ。
「またフリ松が検挙された」
 と、ファンはこの検挙で残念がった。というのは、デビューの翌日にも、
浅草松竹演芸場のエロチカルショー「性愛すべからず読本」が
公然猥褻物陳列罪違反容疑に触れて男女11名が検挙、送検されたが、
このなかにフリーダ松木もいたのである。
 どういうものか、“フリ松”ことフリーダ松木は、このほかにも検挙例はあるが、
風紀係の警官に好まれるタイプの美女だったのではないか、という噂すら立てられている。

(写真に付けられたコピーより) 舞台栄えのする華やかさでファンの目を一身に奪ったフリーダ松木の艶姿。
写真を見ても、彼女の自信満々なお色気が伝わってくる。
「耽美小説」2004年11月号 連載「ストリッパー名花列伝」より
[情報提供:喜六](2005.01.29)

昭和24年(1949年)
吾妻京子、ベティ丸山、ヒロセ元美、フリーダ松木、園はるみ等がデビュー。
[性風俗写真館2]「赤線・ストリップ時代編」広岡敬一
イースト・プレス 2003.10.20より(2004.01.19)


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