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二代目 一条さゆり[A](いちじょうさゆり)

【活字情報】
なんともぎこちない踊りと仕草がカワユイと学生を中心に人気急上昇。
かつてのストリップ界の女王一条さゆりと同じ名前で
「先輩に負けないようにガンバります」。 小屋がハネると「つぼ八」にまっしぐら。
男性にはあまり興味がなさそうで「チューハイとカニの甲羅揚げのほうがスキ」。
身長162−B78−W58−H81のスリムなプロポーションも色っぽい。
[1985年11月発行の週刊誌、誌名不明]
[情報提供:M.S.](1996.09.15)

◎福岡県出身。S61年9月、新宿・モダンアートにてデビュー。
身長164cm。B83W57H88。AB型。獅子座。
◎舞台/ステージは日舞・洋舞ともこなす。
◎性格/「私って暗いですよ〜。でも、クライのが取得でもあるんです。
ちょっとトロイところもありますね」
◎趣味/「香港映画ならまかせて! すべて鑑賞済み」

「ポルノ映画は50本ほど撮ったかしら。でも、イヤになっちゃったんですね。
それで、舞台へ。ステージには奥行きがあります。
本当は自分を観たいけど、ビデオは信じてないから撮らないんです。
やっぱり、お客さんはキチンと観てる」

映画ならまぐれがあるけど、舞台はそれがないだけ難しい。

「以前から、小説も書いてるんです。 初代の一条さゆりさんを目ざして、全力投球しますよ」
[さくらんぼ通信増刊号1988.06.15]ミリオン出版より
『舞《ヌードダンサー》姫 '88 裸のアイドル43』
[情報提供:KAZZO](1997.01.15)

彼女の創りだす妖艶で官能的な世界は独特で筆舌に尽くしがたい。
危険な女性の色香を十分に感じさせるその舞台は、男心を絶妙に刺激しながら、
彼女の創り出す独特な官能の世界に観客を誘う。
[浅草ロック座 昭和末年]勝山基弘、美術出版社より

福岡県福岡市生まれ。年齢不詳。
日本大学芸術学部演劇学科戯曲コース卒業。
在学中からピンク映画、にっかつロマンポルノに出演。
'86年9月、二代目一条さゆりを襲名しストリッパーとなる。
'93年5月『踊り子の日記』を出版。
[週刊実話1995.04.27] 日本ジャーナル出版社より

8月9日は二代目一条さゆり嬢(萩尾なおみさん)のお誕生日です。
彼女自身の著書[ストリッパー]幻冬舎アウトロー文庫,215Pより引用
[情報提供:ウエットティッシュ](1998.09.14)

ストリッパーをやめ作家に専念する二代目一条さゆりさん
 公然わいせつの罪に問われ、最高裁まで争った初代の名は全共闘世代の郷愁を誘う。
二代目は「アジア映画の通」として、若い映画ファンの支持を受ける。
(中略)
 今月の佐賀市での興業を最後に、九月から中国・広州市の大学に留学する。
広東語を学び、本格的な作家生活に備える。
中国南部の明るい庶民の目で世界を見つめたいのだ、という。
 物書きの実績はある。
出演経験のある香港の映画事情をつづった「香港的電飾」(筑摩書房)に続き、
自らの日記に基づく「ストリッパー」(幻冬舎)が文庫になった。
 福岡市で生まれ、ちょっとだけアングラ文化にあこがれる「ミーハーな女の子」は
週刊誌の女子大生ヌードでデビューする。
本名の「萩尾なおみ」で八年の間に、にっかつロマンポルノをはじめ五十五本の映画に出た。
その後、踊り子の世界に入り、大阪の舞台で初めて初代に会う。
 「お客を自分のだんなさんと思ってつとめなくちゃ」と励まされた。
(以下、略)
[1998年8月27日の朝日新聞]「ひと」より
[情報提供:seagreen](1998.09.14)

【コメント&生情報】
8月18日 ショーアップ大宮劇場
今回初めてなので伝説の人に会うみたいな気がしてました、
伝説の方は優しいお顔で優雅に舞われていました、
ベットのろうそくショーは淡々としている様でしたが、
おんなの情念が炎からの紅い蝋となり身体に滴り落ちていく感じがしました、
オープンは優しくサービス良く、素晴らしい踊子さんでした。
[H](2004.08.24)

8月佐賀の引退興行のあと、
9月早々に中国広州の大学に中国語を習得するため、留学します。
また、(有)賓陽舎より香港映画スターへの思いを
綴ったエッセイ「アジアの 涯てまで」を出版した。
[カネック](1998.09.14)


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