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京都のももこ(きょうとのももこ)
【活字情報】
踊り子の名は京都のももこ。実際、彼女は京都にある置屋の一人娘だった。
幼い時から日本舞踊、琴、三味線を仕込まれた。
14歳の時、「水揚げ」されることになる。初めて客と接するのである。
相手は年の離れた金持ち。この世界では珍しくないという。
が、彼女には4歳上の恋人がいた。若い2人は駆け落ちした。
神戸にアパートを借り、彼は飲食店で働き、彼女は定時制高校に通いながらアルバイトをした。
つつましい生活だった。3年余が過ぎた。
95年未明。阪神大震災に2階建ての木造アパートは崩れ、2人は瓦礫に埋まった。
彼女は助かり、彼は死んだ。彼女は顔と左足を骨折した。腎臓もやられた。
3ヶ月入院したが、初めの1ヶ月は体育館だった。
顔の傷は癒えたが、今も小さなボルトが入っている。生家に戻るつもりはなかった。
風俗雑誌を見て、関西のストリップ劇場が募集していた素人大会に応募した。
半年後、19歳でデビューした。彼女は言う。
「人前で脱げるような、そんな性格じゃなかった。
でも人間ね、何もなくなったら、誰も頼る人がいなくなったら、何でもできるって。本当に」
体が硬かった。うまく踊れるようになりたかった。
終演後にステージを借り,真夜中に一人練習する日々が続いた。
そうやって寂しさを紛らわせた。強くなろうとした。
代表作がある。初めて自分だけで手掛けた出しものだった。
出だしの曲は「伊勢崎町ブルース」。ロングコートにスカーフで顔を覆い登場する。
いすを男に見立てて踊った。「下町の娼婦」。そう名づけた。
彼女は恋をしていた。片思いだった。その人を思い、自らの境遇を重ね、踊った。
せつなさが伝わった。好評だった。今もリクエストがある。20代初め、ステージに没頭した。
「一番大事な時期をストリップの世界で生き、成長できたと思う」
母は結婚せず、父とは会ったことがない。その母は彼女が17歳のときに他界した。
今は祖母が置屋を仕切る。祖母も母も美人という。なるほど、彼女もその血を引いている。
昨年、結婚した。ステージより大切なものができた。
舞台に立つことが減り、引退を考え始めた。
「普通の幸せをつかみたい。子供が出来たら、自分がされなかったことをしてあげたい」。
そう話す。小倉は三ヶ月ぶりの舞台。10日までトリを務める。
[毎日新聞九州版]2001年10月9日p20より
[情報提供:匿名希望](2003.01.25)
昭和51年10月11日生まれ。京都府出身。身長161。B84W58H86。
平成8年4月1日『DX東寺』よりデビュー。『DX劇場』チェーン専属。
[ザ・ストリッパー2 2000.08.18発行]原芳市・双葉社より
【コメント&生情報】
3点倒立やバク転といった派手な技で注目されがちですが、
彼女が持っているモノはそういう次元のものではなさそうです。
動きのひとつひとつに天性の素質を感じさせます。まさしく金の卵です。
[舞太郎](1997.02.19)
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