【活字情報】
「五十一年十月十八日に会場した浅草フランス座。
ロックの交番の真ん前、戦争中に強制疎開させられた三友館の跡に東洋興業直営の、
ロック座の姉妹劇場として誕生した。」
(略)
(1960年)「浅草演芸ホールに模様替えして、同じ建物の五階小劇場へ移ったり、(以下、略)」
[ヌードさん]橋本与志夫 筑摩書房 1995.4.25より
「幕間のコントがいかにも浅草らしい」
[週刊大衆:52年3月3日号]より
時間PM11:30〜PM11:45
料金2千500円
[さくらんぼ通信6・15増刊号 舞姫 ヌードダンサー]
ミリオン出版:昭和63年6月15日発行より
[情報提供:TY](1997.01.11)
【コメント&生情報】
「4/24のTV朝日・TONIGHT−2で、同劇場の新人さんが紹介されていたのですが、
それを見ていて気がついたのは、この劇場が客席数(100席以上)が多いだけでなく、
楽屋部分も広く、各踊り子さんに個室が割り当てられているということでした。
渥美清、ビートたけしといった芸人たちが巣立っていった、浅草フランス座ですが、
現在でも、幕間のコントは健在です。作家・井上ひさしさんが、大学へ通うかたわら、
浅草フランス座・文芸部員として活躍された時の経験を元に書かれた、
処女小説が『モッキンポット師の後始末』(1971)です。
私が、「浅草フランス座」の存在を初めて認識したのは、
学生時代に読んだこの小説によってだったと思います。
そして、実際に同劇場に足を踏みいれたのは、それからずっと後のことでした。」
[情報提供:C−9](1997.06.20)
99年に閉館 東洋館という色物主体の寄席に生まれ変わりました。
風俗通としても有名な快楽亭ブラック師匠プロデュース公演の際は、
ピンク女優さんをゲストにしたポルノコントが見られる可能性もあります。
←東京新聞にその経緯の関する記事有り
[横内](2001.11.15)