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〒960−02 福島市飯坂町釜場10
tel(0245)42−4072
(1997.06.02)
【活字情報】
古びた看板 灯消え
福島市の飯坂温泉。
摺上川西岸の温泉街を緩やかにのぼり横丁に入ると、ピンク色の看板を掲げた建物にであう。
温泉街で唯一のストリップ劇場、「飯坂演芸場」だ。
暗い路地を照らして誘蛾灯(ゆうがとう)のように人を集めていたその看板の灯が昨秋、
ひっそりと消えた。
「悔しいけど、仕方ないのかな」。館長だった野口光義さん(70)は唇をかみ締めた。
昨年9月5日、劇場を一緒に支えてきた妻の孝さんが1年間の闘病の末、
白血病で亡くなった。59歳だった。
かつて、孝さんがストリップダンサーとして上がったステージに遺影を飾り、葬式をあげた。
それから間もなく。光義さんは悲しみに浸ってばかりいられないと、
劇場再開のため孝さんの経営者名義を変更しようとした。
ところが、風営法の規定で新たに営業許可がおりない。
光義さんから相談を受けた飯坂温泉観光協会の中野藤男会長(63)は
「お客が遊べる場所が無くなってしまうのは温泉街としての活気を失う」と、
同協会や旅館協同組合、社交飲食業組合など6団体の連名で
警察署に再開の嘆願書を提出した。だが、願いは聞き届けてもらえなかった。
光義さんは妻と劇場という自分の支えを同時に失うことになった。
「おまえも死ねと言われているような気がした」
光義さんが飯坂演芸場を開いたのは68年。
59年に磐梯吾妻スカイラインが開通し、
飯坂温泉はたくさんの観光客でにぎわっていた。
夜になると、温泉街をそぞろ歩く客が看板の灯を見つけてやってきた。
孝さんが踊り、光義さんがスポットライトをあてる。30人ほどで満員の小さなホール。
客と踊り子の距離が近く、居酒屋のような気安さがあった。
そんな雰囲気が好きでなじみになる客も多く、
畑で採れた野菜や果物を持ってきてくれたりもした。
温泉街の衰退で、他のストリップ劇場は姿を消していった。
そんな中で「飯坂演芸場」は、ドラマや小説の舞台になったり、
ストリップダンサーやAV女優として活躍した一人娘の実家として注目を浴びたりした。
飯坂温泉観光協会が毎年7、8月に催す「ほろ酔いウオーク」では、
普段はあまり近寄らない女性を中心に客が相次ぎ、常に一番人気のにぎわいを見せた。
初老の女性が手をたたいて喜んでくれるのを見て、
光義さんはこの仕事を続けてきて「しみじみよかった」と思ったという。
父親が亡くなったときでさえ消すことの無かった看板の灯。
それだけに今でもあきらめきれない。
「このままではあの世で孝さんに会わす顔がない。なんとか看板に灯をつけたい」。
古びた看板を見上げながら、光義さんはそうつぶやいた。
(西原龍弥)(1/10)
asahi.com MYTOWN福島 連載 福島点描より
[情報提供:chibi](2004.04.20)
【コメント&生情報】
2階の袖看板、入口頭上の提灯には「飯坂演芸場」の名を残し、ファンの涙を誘う。
現在は“おでん”“焼トン”の字が躍る居酒屋のようで、「居々酒や」は店名か。
仲間と酒を酌み交わし、しみじみとストリップ談義に花を咲かせたいものですなー。
[白石](2004.05.29)
福島県福島市飯坂町字釜場10
024−542−4072
[インターネットタウンページ]より
[情報提供:chibi](1998.10.18)
現存してます。料金は3500円です。
踊り子は、2名です。温泉街のストリップ劇場です。
電話:0245−42−4072
[アッキー](1997.05.02)
福島市飯坂温泉街
「実話プレスという雑誌に「ストリップ業界 裸の事件簿」というコーナーがあるのですが,
そこで3年ほど前にこの劇場が紹介されていました.」
[MARO](1996.12.30)