もうずいぶん昔になってしまったが、 A姐さんとBちゃんと私の三人で食事に行った時の話である。 私がなにかの拍子に、 「Bちゃん、日舞をやってみたらど−ぉ。和服も似合いそうだし」と言った。 私は子供の頃少し日舞を習っていたこともあり、 日舞のステージにはとても興味がある。 以前から大好きなBちゃんの日舞ステージを見てみたいと思っていた。 「私もやりたいと思っているんだけど、お金かかるからね。お稽古とか衣装とか」 そんな他愛もない話をしていた。 それまで私たち二人の会話を黙って聞いていたA姐さんが突然、 「B、あんた日舞やってみなよ。 初めてのステージの時は私が着物を買ってあげるから」とぽつりと言った。 その思いがけない言葉にBちゃんと私は顔を見合わせた。 「姐さんありがとうございます。お気持ちだけで嬉しいです」Bちゃんは答えた。 「なに言ってんの、私の時も上の姐さんにお世話になったのよ。遠慮はいらないの。 Bを呉服屋に連れていってこの子に一番似合う着物をつくってと頼んであげる。 Bにはどんな色の着物が似合うかな。そうね舞妓さんみたな雰囲気にしたら良い」 A姐さんの話は続く。 ふとBちゃんの方を見ると、彼女は大粒の涙をポロポロ流していた。 私も胸が熱くなった。 A姐さんの気風の良さと、Bちゃんの純情さに心を打たれた。 昔から受け継いだ彼女たちの義理と人情の気質は今も変わらず残っている。 数ヶ月後、突然の引退でBちゃんの日舞ステージは幻に終った。 その一年後、A姐さんも消えてしまった。 彼女たち二人の姿は華やかなステージと、ちょっぴりしょっぱいこの思い出とともに 今も私の胸の中にある。
[舞太郎](1996.04.24)