芸術性−その1

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「芸術とはなんぞや?」

難しい問いである。ストリップの芸術性について感じていることを書いてみる。


 最初に断っておくが“芸術性が高い”ということが、

ストリップショーとして“良いステージ”ということではない。

そして“上だとか下だとか”いう議論とも無縁である。


 しかし、芸術性を追求している踊り子さんは存在する。


 学問と技術の比較を例にとってみる。学問の目的はただ一つ、“真理の追究”である。

「これを研究すれば○○の役に立つ」とか

「この薬の開発に成功すれば多くの人を救うことができる」などという、

別の目的を持った瞬間、それは学問から技術に変質する。

学問とは“知りたい”という人間の欲求を満たすためだけに存在する。


 芸術も似たような存在だと思う。その目的は“美の追求”のみである。

他人にどう評価されようが関係ない。一人よがりの世界から出発する。

芸術家の中には没後になって評価を受ける場合も少なくないのは周知の事実だ。


 ストリップの世界では表現者がそれそのもので食っている。

よほどハングリーな状況を覚悟しなければ芸術性の追求など不可能である。

「お金を儲ける」「生活する」といった別の目的が

主になっている以上、そこに芸術の芽は育たない。

お客に受けなければ、表現の場すらなくなってしまう。

これは踊り子さんに限った話ではなく、

劇場経営者を含むストリップ界に共通の現実である。


 芸術家肌の踊り子さんの葛藤が身にしみる。


 私が大富豪だったら彼女たちに“芸術”させてあげられる。

どんどん一人よがりのステージで“美の追求”を試みてもらえる。

後世に残る芸術が栄えるのは芸術家が保護され自由になった時代に多い。

[舞太郎](1997.07.08)


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