痛みを知る

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 2年ほど前から花粉症になってしまった。

目がかゆい。鏡を見ると真っ赤に充血している。

飲み薬が効いているのか、鼻のムズムズは押さえられている。

しかし、目のかゆみはおさまらない。

洗浄剤を使ったり目薬を差したり、いろいろ試みているが、

なかなか直らず、どうにも我慢できない。

こういう状態が続くと、「良い薬はないのか!!」と、叫びたくなるが、

私はある意味で複雑な心境になる。


 薬の開発というと犠牲がつきものである。

私も昔は数え切れないぐらいの動物を殺した。

ラットの背骨を実験台の角に叩きつけ、仮死状態にし、

首を切断して脳をスパチュラでほじくり出す。

それをまとめてジューサーに入れ、液状にして・・・・。

 こんなことを毎日繰り返していた。


 文章に書いてもグロテスクだが、

現実の世界では、映像だけではなく匂いや音、

そして手には動物の体温等の各種の触感も加わり強烈である。


 まったく悪魔の所業である。

これはいつまでたっても慣れるということはなく苦痛であった。

しかし、誰かがやらなくてはいけないことだと、

自分自身に言い聞かせながらやっていた。



 人間のための薬をつくるんだから人間が犠牲になるのが本筋だと思う。

だけど現実的にそんなことできるわけはない。


 ある組織、例えば眼球なんかを、

均一な条件で大量に手に入れるなんてことは不可能である。

必要なものを生きた人間から取り出していた暗黒の時代もあったが、

現代ではちょっと考えただけでも不可能である。


 皮膚なんかは例外で宗教的にある年齢になったら切り取ってしまう部分があるので、

化粧品会社なんかはそれを使っているという話を聞いたことがある。


 いずれにしろグロテスクな世界だ。


 奇麗にパケージングされたさまざまの薬の陰には、

こういうグロテスクな世界が存在する。


 人間がやっていることはすべてこういうことなんだ。

肉を食べる人間は、牛や豚、鶏を殺すところを見るべきである。

薬を使う人間は動物実験の現実を見るべきである。

教育ってそういうことだと思う。


 奇麗なところだけしか見ず、

生きて行く上で必要な『痛み』から目を逸らす現代人は不幸である。

死刑を公開で行ったり、自分達で動物を殺して食べていた時代と比べると、

『痛み』の認知度が確実に低下している。


 平気で人を刺し殺す子供達が増えるのも肯ける。



[舞太郎](1998.3.13)


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