昨日の話題の続きである。 私は4才の時、大火傷をして生死をさまよった経験がある。 一命は取りとめたものの、後遺症で左腕が不自由になった。 左脇がケロイドで引きつり、肘を持ち上げれない状態になった。 両親はそんな私を敢えてスイミングクラブに入れた。 火傷の痕や障害を隠さないで生きて行けるようにするためにである。 私は右腕と両足のみで頑張り、一般の競技会でもごく普通に良い成績を残していった。 その後、当時形成外科の分野では世界的にも有名だった東京飯田橋の警察病院で手術をし、 現在はほぼ機能を回復している。 3才の時には急性髄膜炎をやってかなり脳を圧迫した状態になり、両親は医者に 「知能はもとに戻らない可能性が高い」と言われたそうだ。 意識が回復した時、私は自分の名前も言うことができず、 母が横で泣いていたのを覚えている。 これが私の一番古い記憶でもある。 その時の後遺症かどうかはわかからないが、 ときどきアホなことをするのは今も続いている。 病気の話をしたらきりがない。 ひどい小児リュウマチにかかり、自分で歩くこともできない時期もあったし、 肺が潰れて水がたまり、呼吸するにも苦労する時期もあった。 こんな調子だったから幼稚園や小学校はほとんど行っていない。 なんて不幸な星の下に生まれたんだろうと嘆く時期もあった。 『平等とはなんぞや』 これは私にとって子供の頃から解決できない問いかけである。 少なくとも 「障害者のわりには・・・・・・」 「部落出身のわりには・・・・・」 「女のわりには」「男のわりには」 「黒人のわりには・・・・・・・」 「前科者のわりには・・・・・・」 「小学生のわりには・・・・・・」 「金持ちのわりには・・・・・・」 「ストリッパーのわりには・・・」 こういう言葉の中に平等はありえない。 区別と差別は表裏一体であると思う。
[舞太郎](1998.3.19)