メチャ頭が痛い。 完全に私の頭が壊れちゃう前にもっともっと書いておきたい。 今回のひとり言は重要な話である。 まだ、考えがまとまっていないけれど、フライング気味で少しでも書いておく。 「次々デビューして次々辞めちゃって、 たくさんの踊り子さんの名前を覚えるだけでも大変」 ときどき場内ロビーなどで聞かれる言葉である。私もそう思う。 本当にたくさんの踊り子さんがこの業界を通過して行く。 もともと、相対的に 「踊り子さんの寿命(現役年数) < お客の寿命(観劇年数)」 であるので、 お客が踊り子さんの通過を目撃するのは仕方がないことではある。 ただ、「次々」とか「たくさんの名前」と簡単に言っているこの言葉の中で 忘れてはいけない重要なポイントがある。 それは、その一人ひとりに、喜び、涙、苦悩のドラマがあるということである。 昔ほどではないにしろ、 踊り子(ストリッパー)になるということは大きな決心がいるし、 踊り子を続けるということにも大きな決心がいる。 さらに、踊り子を辞めるということにも大きな決心がいる。 その決心のひとつひとつに、さまざまな人生模様が繰り広げられる。 これは、踊り子生活の長短に関係なく、それぞれの人に必ずあるドラマだと思う。 私のような一般客が、そんなことをいちいち気にすることはないのかもしれない。 ステージ上の華やかな部分だけに目を向けるべきかもしれない。 ただ、幸か不幸か偶然にも、私は多くの踊り子さんの涙を見てしまっている。 その涙の意味を、少しだけなら多くの方にお伝えしてもよいのではないかと感じている。 その中でも今回は“踊り子の旬”にまつわる話を書く。 先日、ある踊り子さんがご飯をご馳走してくれると連絡してきた。 「それは儲けモノ」とダメ舞太郎は、ホイホイ彼女がのっている劇場に行き、 約2年ぶりにステージを拝見した。 一時期のエネルギッシュでギラギラしたステージではなく、 しっとりとした落ち着いた彼女のステージは業界トップレベルで、 通のお客のどなたに伺っても十指には必ず数えられると思う。 (あいかわらず、いいステージやってるなぁ)というのが私の率直な感想であった。 終演後、約束どおりファミレスで食事をすることになった。 いくつかの昔話をしたあと、唐突に彼女が言った。 「わたしのステージをみてどう思いますか? 踊り子として終わっていると思いますか?」 「・・・・・・・・・」 (やばい、またこれかぁ!!)っと思った。 今までにも何人かの踊り子さんに同じような質問をされたことがある。 ものすごく重い問いかけである。 たぶん彼女は、ご自分の周りの人達にも問いかけているのだと思う。 そしてたぶん、身近な追っかけさんや常連さん、劇場関係者等から、 「何をおっしゃるのですか? まだまだこれからです。頑張ってください。」という、 優しい励ましの言葉を、嫌というほど聞いているのだと思う。 ただご自分の中で、 (身体が思うように動かない)(足が痛い)(腰が痛い)等という直接的な悩みと (周囲の扱いや仕事の入り方の変化)等、 間接的な微妙な空気を徐々に感じとっているのだと思う。 そんな時、自分の(トレーニングが足りない)(努力が足りない) (悪いところはどこか?)と、さんざんご自分を責め、問い詰めてきたのかもしれない。 輝き方が凄かった人ほど、頑張ってきた人ほど、この傾向は顕著であると思う。 そしてある時、いつも漠然と目の前にあった「老い」というものを実感するのである。 個人差はあると思うが、「若さ」がウリのひとつであるこの業界で、 「老い」を感じるということは、恐怖に似たものがあるのだろう。 踊り子として終わっているかどうかは、 人それぞれの状況で、簡単にYes/Noで答えられるものではない。 質問者によって“踊り子”そのものの意味も違ってくる。 「老い」についても個人差が大きい。 25で「老い」を感じる人もいれば、30を過ぎて自称20でデビューする新人もいる。 ただ、共通するのは、どなたにも踊り子として上り坂から下り坂に切り替わる分水嶺が 必ずあるということである。 それが緩やかな場合はご本人も周囲も気づきにくいが、 その場合、かなり下ってしまってからいきなり気づいて愕然とする。 そして、私が「終わっている」(分水嶺を通過した)と宣告したその時点で、 彼女達の多くは、踊り子を辞めるか、または、 プライドを捨てて徐々にランクを落としながらも踊り子として生きて行くかの 厳しい二者択一を迫られる。 この選択は本当に苦しい。 想像を絶する苦悩の末、のた打ち回って結論を出す方も少なくない。 私はそういう過程を幾例か見てきた。 苦悩の末、プライドを捨てて、大好きな踊り子生活を、 可能な限り続けて生きて行こうと決めたとしても、そう決心したとたん、 一気に転げ落ちるようにダメになってしまった踊り子さんもたくさん見てきた。 決心すれば終わりという単純な話ではなく、本当に難しい選択なのである。 私は、親しくない踊り子さんからこういう質問をされた場合にも、 雲の上の人の話としてではなく、身内の相談と受け取って割り切って話をする。 お世辞は言っちゃいけない、真実を的確にお伝えする。 「自分の娘だったら?」って考えながら話をする。 「その人の幸せってなんだろう?」って考えながら話をする。 真実を伝えながらも思いやりを忘れずに・・・。 時には相手を激怒させるときもあるけれど、 私に訊くってことは、相手が、本当のことを知りたい、 本当にどうすればいいのか考えたい時なのだと、私は勝手に思い込んでいる。 おだてたり、励ましたりする役の人は他にたくさんいるだろうから、 私は損な役回りに徹する。 はやく心を決めてご自分の道を進むことがその人の幸せだと信じている。 彼女にはいろいろ厳しいことを申し上げた。 恐れ多いと感じながらも、出し物のこと、ギャラのこと、コースのこと、 客あしらいのことなど細かくアドバイスした。 彼女は俯いたまま聞いていた。出てきた料理を一口も食べなかった。 1時間ほど話をして、私が伝票を取って席を立とうとすると、 「今日は絶対に私が払います」と伝票を奪い取られてしまった。 今回は(まあそれもいいかぁ)とありがたくご馳走になった。 別れ際に「ありがとうございました。よく考えてみます。」という言葉のあとに、 「これ、お車代」とお金を渡された。3万円であった。 びっくりして、それは丁重にお返しした。 彼女のステージをみるのが第一目的ではあったが、 他の人のステージもちゃっかり楽しんだし、 痩せても枯れても、ダメ男でも、 オトコ舞太郎、“一般客としてのプライド”がある。 ダンスの振り付けをしたとかならともかく、 素敵なステージをみせていただいて言いたいことを言って、 お金を頂くわけにはいかない。 ここで、なぜこんなエピソードを書いたかというと、 ご自分の商品価値に関する話というのは、 踊り子さんにとって、とてつもなく重要なことだということを伝えたかった。 ただの一般客である私の、ただし、ごまかしのない意見を聞くためには、 そういうお金を払っても惜しくないと感じているのだということだ。 お金を出すという彼女のやり方は常識外れではあるが、 彼女が思いつく最大の感謝の表現であると私は感じた。 そして彼女のそれほどまでに切羽詰まった苦悩も伝わった。 次は絶頂期に惜しまれながら辞めた踊り子さんのメールをひとつ紹介する。 今はご主人とお子さんと3人、ストリップとは関係のない世界で 幸せな人生を送っていらっしゃる方からのメールである。 -------- アタシなんて、辞めてX年もたったのに、 未だにストリップの夢見て、(しょっちゅう) せつない、やるせない気持ちで目覚めるんだよ。 ホント、ついこの前だって、 舞台袖で出番待ちしている夢見て、泣いちゃったっつーの。 過去の栄光にすがってるみたいで嫌なんだけど、 夢には本心がストレートに出ちゃうのよね。 どんだけストリップやりたいって。戻れないけど。 -------- 私だって、どんだけ彼女のステージをみたいかっつーの!! ただし、ストリップには踊り子としての“旬”がある。 これは残酷だが、逆にそれがあるから素晴らしい。 “旬”があるから、一瞬一瞬がかけがいのない宝になり、 その時々の輝きは二度と再現できない。 いくら写真や映像が進化したとしても不可能である。 残されるのは心に刻み込まれた感動の記憶だけである。 狂おしいくらい切ない感動の記憶。 「次々」「たくさんの名前」には、語りつくせぬほどのドラマがある。 今回は例として、“踊り子の旬”にまつわる話を書いたが、 もちろんこれだけではない、ドラマは様々である。 今この時にステージで活躍している踊り子さんのドラマはまさしくクライマックス。 もう引退された踊り子さんのドラマも終わりはない。 そしてこれからデビューする将来の踊り子さんのドラマはすでに始まっている。 それぞれが、一瞬の、そしてかけがいのない輝きを放つドラマの主人公なのである。 ------------------------------------------------------------ “ 跳んで跳ねてキラキラ輝いて、そして消えてゆく ” ------------------------------------------------------------ そんな彼女達の歴史を、ちょっとだけでも感じながら、ストリップショーを見続けたい。 また、この一文が持つ重みがわかるお客さんが増えてくれることを願う。
[舞太郎](2003.10.19)