元踊り子さんから頂いたメールに以下のような部分があった。 ----ここから---------------------------------------------------------- 芸名での生活と、本名での生活を持つ、キャラ分け生活。 自分もかつてそうであったけれど、 キャラ分けしているつもりでも、どうしたって重なる。 理想を描きながら現実を暮らす。理想が現実を上回る。 追いつけなくて苦しくなる。描いた理想を本物の自分であるとしたくなる。 非現実である理想を、求められてしまうから、応えようとする。 服装、話し方、表情、しぐさ、顔や体まで変えて応えようとすることさえある。 全ては、射止めたい気持ち、離したくない気持ちから来る。 でも、無理をすると、壊れてしまう。 ----ここまで---------------------------------------------------------- ステージを拝見していると、いろいろなキャラの踊り子さんがいる。 俳優なんかは映画やドラマの撮影期間中だけ役作りをすればいい。 ソロステージがメインだった時代の踊り子さんもステージでだけで役作りが要求された。 ところが今は、ポラやタッチなど、お客さんと直接触れ合う場面も増え、 踊り子としてのキャラでいる時間が確実に増えている。 楽屋でも演じ続けている場合も多い。 そして、演じているつもりが、だんだん自分でも区別がつかなくなってくる。 それが自分の理想であったり、売りを意識しての姿であったり、人それぞれだが、 いつも“着ぐるみ”の中に入っている状態が続く。 その“着ぐるみ”を脱いだ時、疲れでがっくりくる人もいるだろう。 仕事の週は超明るいキャラの人が、休みに入り、 自分ひとりの部屋ではじめて“素”になり、鬱になる場合もあるだろう。 “着ぐるみ”を脱ごうとしても脱げなくなっていて、酸欠で苦しむ人もいるだろう。 私の場合も、“舞太郎”というハンドルネームで、ある種のキャラを創りあげている。 『Short Stories』や『ひとりごと』で書くことによって、 私が思い描くストリップのお客の役作りをしている。 最近よく言われる言葉で、 「話がリアルすぎて、カン違いする踊り子さんやお客がいると思うよ」とか、 「舞太郎がこんなことしているのが見つかったらまずいよ」なんていうのがある。 私自身もなにがなんだかわけが分からなくなっている部分もある。 舞太郎という“着ぐるみ”が、勝手に一人歩きしてしまい、 自分自身が追いつけなくなってしまっているのかもしれない。 実際のところ、私だって若くて綺麗な踊り子さんを見て、 (こんな子と一発やりてぇ)とか (あーぁ、つまみ食いでもいいから喰っちゃってほしい)という願望はある。 そう、ただのエロおやじなのだ。 でも、舞太郎でいる時はそういう面を隠し、決してそんな素振りはしない。 いつの間にかそうなってしまっている。エロポラ撮る時も緊張する(笑)。 ちょっと疲れてきた。 壊れないうちにそろそろ引退(笑)して、着ぐるみを脱いじゃおうかなぁ。 エロおやじの方が楽だし・・・。
[舞太郎](2003.11.17)