指の先

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  学生時代に同棲していた彼女が、

ストリッパーになっていると、

たまたま会った昔の友人から聞いた。

彼女とは7年以上も会っていない。

もちろん連絡もとっていない。

どこでなにをしているのか、まったく知らなかった。


 当時、初めて愛を知った二人は

漠然と将来は結婚するものと考えていた。

「貧しくたって二人で真っ直ぐに生きよう」

なんて蒼いことを言い合っていた。

お金はなく、ただ無限の時間があった。


  なにが原因で別れたんだっけ?

喧嘩して、私が「出てけっ!!」って怒鳴って

彼女はそれに従い、それっきりだった。

原因は・・・、思い出せない。

別れなきゃいけないほど重大なことだったんだろうか?

思い出せない。

そのあとしばらくは落ち込んだが

若かったせいか私の興味はすぐに他へ流れていった。


(そうか、彼女は元気なんだ。人気アイドルだって?

 そうだろうな、

 ミス・コン関東代表になったほど

 奇麗でチャーミングだったしなぁ。)


 ちょっと温かい気持ちになって

ちょっと感傷的になってそのときはそれで忘れた。


 何日かたって彼女の思い出がだんだん鮮明になってきた。

どうにも彼女に会いたくなった。

今さらノコノコ会いに行ったって迷惑だろうし、

自分自身も嫌な思いをするだけだ。

奇麗な思い出のまま、しまっておいた方が良いに決まっている。


 でも一度でいいから

遠くからでいいから彼女の元気な姿を見てみたい。

一度湧いてしまった衝動はやはり押さえることができなかった。


 彼女の仕事場はすぐに分かった。

新聞広告で調べたら都内の劇場に出演しているのが分かった。

自宅から何度か電車を乗り継いで1時間半程のところだ。

とにかく向かうことにした。



 そこは初めての劇場だった。

入場料を払って勇気を出して入ってみた。

場内は思っていたより明るくそして狭かった。

舞台の上では一人の女性が踊っていた。

一瞬彼女かと身構えたが違った。

一番後ろの席に座って、様子をうかがった。

場内に貼ってある香盤表を見ると

彼女の芸名は一番最後に書かれていた。

(今は何番目の人だろう?

 とにかくここで待っていれば、もうすぐ会える。)

そう考えると落ち着かなかった。

スポットの強い光で、ステージから客席は見にくいだろうし、

私のことなんて気づくわけないだろうが、やはり落ち着かない。



 何人かのステージが終わり場内が暗くなったあと

アナウンスが彼女の名前を告げた。

私の緊張はピークに達した。


 赤いライトを浴び、

舞台袖の煙の中から登場したのは間違いなく彼女だった。

曲にのってつぎつぎとターンを決めて行く。

昔より痩せたような気がする。

昔より大人になったような気がする、あたりまえか・・・。

あっという間に時間が過ぎた。

彼女は何曲か踊ったあと、舞台袖に引っ込んだ。

曲は続いていたが場内は少し明るくなった。

ボーっとなりながら、

(これで終わりか、さて帰るか)と考え、席を立った。

帰ろうと出口に向かおうとした瞬間、

「さーって、ポラの時間ですよー、一枚1000円でーす」と

舞台から聞き覚えのある声が聞こえた。

そして

「ちょっとお兄さん、帰る前に撮って行ってよ」と声をかけられた。

私は立ち止まって振り返ってしまった。

よく考えればそうすべきでない場面であった。

しかし、そのときは体が反射的に従ってしまったのだ。

彼女は私の顔を見た。

そして固まった。完全に凍りついていた。

私も動けなかった。

どれだけの時間がたったかわからない。

まわりには一瞬だったのかもしれない。

少なくとも彼女と私の間には長い時間が流れた。


 彼女の方から沈黙を破った。

「お兄さん帰る前に一枚、お願い」

私はその言葉に従い、彼女の近くに行った。

懐かしい香水の匂いがする。

 お金を渡しカメラを受け取った。

「どんなポーズにしますか?」彼女が言った。

「一番奇麗なポーズで・・・」私はこたえた。


 彼女は横座りし、ステージに右手をついて体を支えた。

首を少し左に傾け、豊かな左右の胸の間の白い肌の上に

左手の人差し指を置くようなポーズをとった。

本当に美しく微笑んでいる。


 ファインダーから彼女を確認した。

ふと、彼女の不自然な左手の位置が気になった。

次の瞬間、カメラを支える手がガタガタと震えだした。

動揺を押さえようとしたが震えは止まらない。

彼女のさし示す指の先には・・・・、私が・・・・私が、

彼女の二十歳の誕生日に送ったハートのペンダントが光っていた。

お金のなかったあの当時、

私が彼女に買ってあげた唯一のプレゼント、

安物のペンダントである。

そのとき、彼女はすごく喜び「一生大切にする」と言った。


 私はシャッターを押さず、そのままカメラを降ろした。

そしてまっすぐ彼女の目を見た。

少し潤んだその瞳は小さく肯いていた。

 

[舞太郎](1998.11.11)


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