中年女性

[INDEX]

 休憩のとき、場内で声をかけられた。

ストリップ劇場のお客としては珍しい中年の女性にである。

その女性は一番後ろの隅の席に

ひとりで座って見ていたので気にはなっていた。

私はその席のすぐ横の壁際に立っていた。

「あのぉ、ここの劇場の方ですか?」

私は苦笑した。よく言われるのである。

空いている席がたくさんあるのに、

いつも立って見ているのでそう思われるらしい。

私は立って見た方が

ステージ全体が見渡せるのでそうしているだけなのだが。

「いいえ、お客です」

「そうですか、てっきり劇場の方かと思いました。

  あのぉ、最後に出ていた方とは親しいのですか?」

  トリに出ていたのはKちゃんである。

オープンのとき、

Kちゃんが私に手を振ったので

この女性はそう思ったのかもしれない。

「親しいというほどではありませんが、

  私はKちゃんのファンで彼女のステージをよく見てますから、

 顔を覚えてもらっていて会えば挨拶程度はします」

  相手がストリップ劇場には珍しいお客だったとしても、

ここまでは興味本位の暇つぶしの会話だと思っていた。

「じつは、お願いがあるんですが・・・・」

彼女のこの言葉に私は少し身構えた。

そして頭がフル回転した。(なんなんだろう?)

「どういうことでしょうか?」

彼女は言いにくそうにためらっていた。

ちょうど、場内アナウンスが2回目開始を知らせた。

私はとっさに、

「ここではなんですからよかったら外にでませんか?」

と言った。

彼女の様子にただならぬものを感じたのと、

私のおせっかい虫が出てきてしまったからである。

彼女はうなずき、私の後について劇場の外に出た。



  喫茶店の席につくまで彼女はひとこともしゃべらなかった。

こちらの問いかけに首を振って意思表示をするだけであった。

向かい合って座りあらためて見ると、

私が感じていたよりずっと若くて奇麗な人だった。

薄化粧であったがはっきりした目鼻立ちで

形の良い唇が印象的であった。

40は過ぎているだろうが45より前だろう。

着ているものが質素で地味だったので

劇場ではもう少し歳をとっているように感じた。

「本当にすみません。 

 お楽しみのところ・・・、本当にすみません」

  彼女は何度も頭をさげた。

「いいえ、いいんです。 根がおせっかいだものですから・・」

  そんなぎこちない会話がしばらく続いた。

  注文したコーヒーが運ばれてきた後、

彼女はポツリと言った。

「じつは・・・・、最後の子、わたしの娘なんです」

  まったく予期していないこの言葉に私は驚いた。

「そっそうですか、お母さんだったんですか。

 そういえば目元なんか似ている。  

  そっくりです。 えっ・・・・」

ここまで言って、次の言葉が出てこなくなった。

以前、Kちゃんから聞いていたことを思い出したからである。

似ている・・・・どういうこと?

Kちゃんはものごころつく前に実の親に捨てられ

今の両親、養父母に育てられた。

私はそう聞いていた。

似ているということは、実のお母さん?

「実のお母さんということでしょうか?

  私はKちゃんから

 今の御両親は本当の親ではないと聞いたことがありますが・・、

  このこと、Kちゃんは知っているのですか?」

私は何がなんだかわからなくなった。

「実の娘です。あの子はわたしのことを知りません。

  18年前、亭主が借金を残して女と逃げ、

  2才の娘を抱えてどうにも生きて行けなかったんです」

彼女の目から涙がこぼれた。

「デパートに連れて行きました。 

 屋上でメリーゴーランドに乗りました。

  娘は笑っていました。 

 そのときの笑顔は今でも鮮明に覚えています。
 
  わたしにとっては、つらく切ない笑顔です。

  それから・・・、おもちゃ売り場に行きました。

  彼女が熊の縫いぐるみに気をとられている間に

  わたしは・・・、わたしは・・・、 逃げました」

声が出なかった。

喉がカラカラに渇いた。

「それ以来、一度も会っていません。 

 消息もわかりませんでした。

  でも、いつかきっとどこかで娘と会える、

  きっとどこかで幸せになっていると

 心に言い聞かせ、生きてきました」

私はうなずいた。何度もうなずいた。

そうすることしかできなかった。

「3ヶ月前、

 たまたま手にとった週刊誌で見つけたんです。

  ポーズをとって微笑むあの子を見つけました。

  その笑っている顔はあのときの顔そのものでした。

  メリーゴーランドのときの笑顔です。

  いてもたってもいられなくなって

 興信所に頼んで調べてもらったんです。

  間違いありません」

沈黙が続いた。 二人ともただ黙っていた。

考えてそして言葉を選んで、私は口を開いた。

「それでKちゃんとは会われるのですか?」

彼女は首を横に振った。

「いまさら現れて、彼女を混乱させるだけだし、

  それに許してもらえるわけないから・・、 

 会うつもりはありません。

  ただ、ひとめだけ、ひとめだけ、

 この目で娘を見たくて今日来たのです。

  もう来ません。そこでお願いの件ですが・・・」

私はうなずいた。

「勝手ですがあなたがあの娘のファンだとうかがって、

  お願いを聞いていただけるのではと思いまして。

  娘のこと、何かあったらここに知らせていただけませんか?

  わたし、この病院で住み込みの付き添い婦をしています」

彼女は連絡先を書いたメモを私に渡した。    

「こんなわたしでも

 あの子のために陰ながら力になれるときがあるかもしれません。

  そう考えるているだけで生きて行けます」

私はうなずきながら自分の名刺も渡した。  

「Kちゃん、幸せそうですよ。 

 今、ステージに熱中していて生き生きしています。

  ご覧になったでしょう。人気も凄いんです。

 奇麗だったでしょう。

  わたしなんかからみたら雲の上の人です」

彼女は涙を拭きながら何度も何度もうなずいた。


[舞太郎](1997.12.19)


[INDEX]